合理的配慮は甘えではない
皆さんこんにちわ。メルディアトータルサポート上野の支援員Nです。
「合理的配慮」
という言葉は聞いたことがありますか?
とは障害のある人が障害のない人と同じ機会やサービスにアクセスできるよう、社会や環境を調整することです。
日本では、障害者差別解消法により、行政機関や民間事業者に対して合理的配慮の提供が義務化されています。2024年4月からは民間企業にも適用され、障害者からの申出があった場合、過度な負担にならない範囲で対応することが求められます。合理的配慮は障害者にとって「権利」、事業者にとって「義務」と位置づけられています、
しかしその一方で
「配慮してもらうのは、どこか申し訳ない」
そう感じたことのある人も少なからずいらっしゃるというのも事実です。
精神疾患を抱えながら働こうとするとき、多くの人がこの感覚にぶつかります。通院のための休暇、業務量の調整、静かな環境での作業――本来必要なはずの配慮を求めながらも、「自分だけ特別扱いされているのではないか」「もっと頑張るべきではないか」と、自分を責めてしまうのです。
けれど、少し立ち止まって考えてみましょう。
その「配慮」は、本当に“甘え”なのでしょうか。
例えば、視力が弱い人が眼鏡をかけることを、甘えだとは考えません。足を怪我した人が松葉杖を使うことも同じです。それは「普通に生活するための補助」であって、「特別な優遇」ではありません。
合理的配慮も、それと何ら変わりはないといえます。
ただ見えにくいだけで、外からは分かりづらいだけなのです。
精神的な不調は、努力や根性ではどうにもならない部分があります。調子の波があること、疲れやすさ、人との距離の取り方――それらを無視して「他の人と同じように働く」ことは、決して当たり前ではありません。むしろ無理を続けた結果、再び働けなくなってしまうリスクのほうが大きいのです。
大切なのは、「頑張りすぎない」で「長く働くこと」。
そのために環境を整えることは、仕事に対して誠実であるとも言えます。
それでも、「周りに迷惑をかけてしまうのでは」と不安に思う方もいるでしょう。しかし実際には、無理をして体調を崩し、突然辞めてしまうことのほうが、職場にとって大きな負担になることもあります。安定して働き続けることが、結果的に周囲への一番の貢献になるのです。
また、配慮を受けるということは、一方的に与えられるものではありません。自分の状態を伝え、どのような環境なら力を発揮できるのかを共有する。その対話の中で成り立つ関係です。そこには責任も伴いますが、同時に「働き続けるための土台」を一緒につくる行為でもあります。
完璧にできなくてもいい。
周りと同じスピードでなくてもいい。
必要な支えを受けながら、自分なりのペースで仕事を続けること。それは決して逃げではありません。
むしろ、自分の限界と向き合いながら、できる形で社会とつながろうとする、ひとつの強さです。
もし今、「配慮をお願いしていいのだろうか」と迷っているなら、その迷い自体が、すでに十分に頑張ってきた証なのかもしれません。
合理的配慮は、甘えではありません。
これからを生きるための、現実的で、前向きな選択です。
ほんの少しでも、自分に優しい働き方を選んでいい。
そう思えるきっかけになれば、うれしいです。
そんな気持ちを抱えている方を応援する就労移行支援事業所メルディアトータルサポート上野では、皆様のお問い合わせ・見学などいつでもお待ちしております。

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